Nothing from Nothing

不思議と“ない”という響きに、そっと寄り添う数日だった。

参加させて頂いている季刊小冊子に、今回はどんな事を書こうか考えていて、浮かんだエピソードが、ある美術館で観た奇妙な展覧会。

そのタイトルは「Rien de Rien」「何もない」だった。

同じ頃、無性に「僕らのミライへ逆回転」という映画を観たくなり、あのノリの良いテーマソングは何と言っただろう?と思い調べると、意外にも「Nothing from Nothing」なんて冷めたタイトルが付いていた。

Billy Prestonが歌うその曲は底抜けに明るくて、それが少し切なさを誘った。

周りには沢山の物や人、情報が絶えず溢れ行き交い、時々すべてがごちゃ混ぜになって、一つ一つの輪郭が見えなくなる。

それはまるでドロドロした未完成の巨神兵が迫って来るようで、思わず後退りしてしまう。

そうして群れから逸れ、気付けばぽつんと一人。

誰もいない。何もない。

あるのはその“ない”という存在感だけ。

それは心に、じわじわと、ひしひしと、沁みてくる。

そこにあるもの以上に深く…。

そのがらんとした孤独に泣きたいような、でももう暫く孤独という名の静寂の中で、漂っていたいような気持ちになり、一人外へ出た。

大通りを避けて一本入った裏道の、ビルとビルの間に、ぽっかりと空いた一区画があった。

少し前に取り壊されたビルの敷地が、何も建たずビルの形そのままに、四角い更地になっていたのだ。

同じようなビル群が犇めき合う中で、歯が一本抜けた跡のようなそのスペースに、どこまでも高い秋空から、柔らかな光が射していた。

長いことコンクリートの下で眠っていたであろう、茶色い土の絨毯が顔を覗かせ、そこから芽吹いた雑草たちが、その光を浴びてきらきらと、気持ち良さそうに揺れている。

私はその時、無は光なのかもしれない、と思った。

今まで、無は闇で、ある事が光、と無意識にイメージしていた。

けれどひょっとして、無という光があるものの面影を照らし、その時初めて私達はその存在に気付くのかもしれない。

希望は、ないところにしか生まれないように…。

もうじき紅や黄に染まった木の葉も落ちて、しんしんと冬がやって来る。

すっかり何もなくなった裸の枝を、空に広げ立っている街路樹の通りを「Nothing from Nothing」なんて口ずさみながら、歩いて行こう。