マ・メール・ロワ

とても怖い夢を見て、ベッドへ駆け込んで来た私の頭を撫でながら、ママはこんなお話をしてくれた。

むかし、むかし

東の方にある王国がありました。

とても小さな国でしたが、人々はよく働き、よく笑い、よく歌い、毎日喜びのかけらを少しずつ、ミルクに浸して食べながら、幸せに暮らしておりました。

王は民を深く愛し、民もまた王を愛していました。

しかしある時王は病に倒れ、人々の祈り虚しく、暫く後に息を引き取りました。

人々は嘆き悲しみ、そのあまりの悲痛から働く事も、笑う事も、食べる事も、何もかもできなくなってしまいました。

歌の代わりに、しくしくとすすり泣く声ばかりがこだまし、その涙の深い海に、国全体が沈んでしまったかのようでした。

そんな力を失った王国を狙って、まわりの大国が今にも攻めて来そうでした。

ひとりぼっちの青年もまた、すっかり生気を失い、夜道をあてどなく、とぼとぼと歩いていました。

街を見渡せる高台までやって来ると、青年はへたへたと座り込んでしまいました。

その瞳は涙でいっぱいで、溢れた涙はぽたりぽたりと地面へ落ち、やがて小さな水溜りになりました。

涙涸れ、青年は俯いたまま、その水溜りに映る自分の顔を見て、ため息をつきました。

ふと、水溜りの端に微かに揺れる光が見えたような気がして、青年は初めて顔を上げました。

すると澄み切った夜空に、大きな満月が輝いていました。

それはまるで、王の姿をあしらった金貨のように、きらきらと青年の顔を照らしていました。

あまりに月が美しかったので、青年はすぐ街へ下りて行き、同じように泣いていた人々に、夜空を見上げるよう言って回りました。

空を見上げる事さえ忘れていた人々は、久し振りで見上げた空に見事な月を見て、思わず微笑んで、声を上げ、手を叩いたり、口笛を吹いたり、隣の人と腕を組んで、歌ったり踊ったりしました。

すっかり泣くのも忘れて…。

青年は、その光景を暫く嬉しそうに見ていましたが、そのうちくるりと振り返り、もと来た道をまた歩き出しました。

今度はまっすぐ前を向いて、確かな足取りで。

高台に着くと、青年は崖に立つ白い岩に、持っていたナイフで何か刻み始めました。

それは失いかけたこの想いを、いつまでも忘れない為でした。

月がそれを、静かに照らしていました。

「これがその時刻んだ文字よ。」

そう言って、ママは私の小さな掌いっぱいに、指でゆっくり

“望”

と書いた。

そうして、ママの柔らかな手で私の手を包み込み、優しく「おやすみ」と言った。

ママの温もりと月の光に見守られて、私の瞼は静かに、眠りの園へと下りて行った。