馬小屋

降りしきる雨の中、父と母、幼い姉と私を乗せたタクシーは何処かに向かい東京の街を走っていた。

私は、窓に叩きつける雨に滲んでは流れていく夜の光を、何となく不安な気持ちで眺めていた。

私達家族は知人の結婚式の為に上京していたのだが、私にとってそれが初めての東京だった。

前日には、親元を離れこちらで生活をしている兄と姉に久々に再会し、その変容ぶりに他人のようでどぎまぎした。

そしてその日は、朝からずっと慣れない場でお行儀を気にしながら、沢山の見知らぬ大人達に囲まれて、すっかり疲れ切っていた。

それは子供だけでなく、父と母も同じであったに違いない。

社交場からやっと逃れたものの、土地鑑もなく、おまけにこの雨。

とにかく、家族で落ち着いてあたたかいものが食べられる場を求めて、タクシーに乗った。

しかし、周辺にはなかなか子連れで気軽に入れるような店はなく、雨が私達の道行きを見えなくした。

半分自棄になって、何処でもよいから入ろうか、というムードになった時前方に一つの灯が見えた。

近付くと、有り難いことにそれはカジュアルな門構えのレストランで、私達は迷いなくその店に入る事にした。

大雨とあってか、店内には1、2組のお客さんしかおらず、お店の人達もよくぞいらっしゃいました、という面持ちで迎え入れてくれた。

特別素敵なレストランではなかったかもしれないが、さっきまでの冷たい雨と心細さから救われほっとして、柔らかな毛布に包まれるような暖かさで私達は満たされた。

雄鳥の形をしたピッチャーから注がれる赤ワインのせいか、父と母もいつもよりお喋りで楽しげに見えた。

馬小屋。

クリスマス前の、一層キラキラと眩しい街並みを歩いていて、ふとその店の名を思い出す。

昔むかし、救い主と崇められながら、その人々によって十字架に付けられ、苦しみのうちに息を引き取ったひとりの人。

それでも、ただひたむきに愛を送り続けた人。

その人は、星の瞬く夜に小さな馬小屋で生まれた。

去年のイヴ、深夜に帰宅してラジオをつけると、すすり泣くようなギターと声でJeff Buckleyの“Hallelujah”が流れてきたっけ…。

とてつもなく静かで穏やかな夜だった。

この寒さで、人々はいつもより足早に通り過ぎて行く。

その行先にあたたかなものが待っていればいい。

私は白い息を吐く振りをして、そっと「ハレルヤ」と呟いてみた。