垣根の上にいる女

「まりちゃんのお母さんって、魔女みたいだね。」

その昔、友人のAちゃんといつものように下校して、ちょうど二人の別れ道で立ち話をしていると、我が家へ続く急な坂道に、全身黒い衣に身を包んだ明らかにうちの母の下りて来る姿が見えた。

その光景を目にし、おそらく無意識に友人はそう呟いた。

私も心の中で、否定できずにいたのだろう。

黙ったまま、その姿をぼんやり眺めていた。

最近になって、魔女はドイツ語で”Hexe”と言い、「垣根の上にいる女」という意味を持つと知った。

そして、この「垣根」とは、生と死の間の垣根であることも。

ひょっとしたら母は、本当に魔女だったのかもしれない。

家族にも入り込めない、見えない部分を持っている人だったし、子供の頃から、なんとなく

「この人は、いつかふいにいなくなってしまうかもしれない。」

と思っていた。

その小さな不安からか、いつもより帰りの遅い母を、幼い私が長い石段に座り、泣きながら待っていた事もあった。

その魔女が人間を愛し、妻となり、子を産み、少し風変わりな母親を辛抱強く演じてくれた事を、大人になり改めてあたりまえの事ではなかったのだ、と思う。

我が家の「家庭」という庭は、外から見ればまとまりがなく、あまり手入れもされていない素っ気ない庭だったろう。

それでも、その不格好な庭は私たち家族にとって、たった一つの帰る場所だった。

それはいつまでも消える事がなく、心の奥でいつも、巡る季節の光と風を浴びている。

今頃、誰もいなくなったその庭を、母は垣根の上に腰掛けて、いとおしそうに眺めているのだろうか…。